進化心理学の再現可能性


僕はもともと北大の社会心理学研究室で修士を取り、東大長谷川研究室で博士を取ったので、進化心理学には、非常に思い入れも親しみもあります。最初に行った国際学会も HBES でした。今でも人間の心について研究する際に、進化的背景と適応的機能を考えることが最も重要であるという信念は変わっていません。知覚・認知・学習・性格・社会性と、どの心理学領域を取ってみても、やはり進化・適応の視野から取り組むことは非常に重要であると思っています。

ところが残念なことに、その進化心理は最近いろいろなところで結果の再現性に乏しいという突っ込みを入れられています。例えば政治学・統計学者の Andrew Gelman はブログ論文で様々な進化心理的研究を取り上げて批判していますし、協力行動研究でも、目があったり神プライミングされると協力的になるといった研究は追試がうまくいかなかったという報告もあります。最近さらに女性のホルモンレベルの変化が男性の顔の好みに影響するという知見の追試ができなかったという縦断的追試研究のプレプリントが出ました。

こういう状況の中、性淘汰についての著作イグノーベル経済学賞受賞で有名な Geoffrey Miller が、最近次のようなツイートをして物議を醸しています。
進化心理とその前身である社会生物学や一般的知性研究を含む行動遺伝学研究は、人間の諸特性の多くは、遺伝によっては決定されておらず、むしろ教育と努力によって道を切り開いていくものなのだ、というリベラルな考え方を強く持つ人たちから、長い間批判されてきました。それを Miller は、僕たちがやっているのは「政治的に正しくない」行動科学だけど、再現可能性は高いよね、と皮肉を込めて表現しているわけです。でも当たり前ですが、すぐに一般知性の研究者である Stuart Ritchie から反論が出ます。

要するに、まあ進化心理には頑健だと言える知見なんて本当にあるのか?という批判です。これに対して進化心理学者の Joshua Tybur が3つほどの追試成功例を挙げています。

しかし3つだけかよっ!という気もしますよね。正直、僕がこれまで見聞きしてきた経験をもとに直感的に言わせてもらうのなら、進化心理学の多くの知見は再現可能性が極めて低いのではないかと疑っています。なぜならば、進化心理は進化・適応理論を基盤とはするものの、手法的には社会心理学の研究方法を踏襲したものが多く、また大学等での就職枠も、社会心理の中に含みこまれることが多いためです。であれば、社会心理での再現可能性が低い以上、進化心理も低いと予測するのが普通かと思います。

ただ問題なのは、社会心理学者たち(の一部)が再現可能性問題に対して先陣を切って取り組んでいるのに対して、進化心理学ではあまり大きな動きがないというところです。確かに反省の動きは出ていて、例えば上に挙げた女性のホルモンレベルと男性顔好みの話を追試した Lisa DeBruine は進化心理学者です。しかし学問領域全体としてまだ大きな動きがあるようには見えません。

さてさて、今後進化心理はどうなっていくのでしょうか?  僕自身も進化心理の追試研究をやりたいとは思っているのですが、logistics を整備することができずに踏み込めないままになっていて情けないところなのですが、今後少しずつ挑戦できたらと思っています。また、進化心理学と人間の協力行動研究について日本で議論できる場と言えば、ちょうど12月9日(土)10日(日)に、日本人間行動進化学会第10回大会が、名古屋工業大学で開催されます。興味のある方は是非お越しください。

コメント

人気の投稿